「知ると解るの違い」
「知ると解るの違い」
以前に「知る」と「解る」の違いについて、またご説明をする旨をこのブログで述べておりました。
本日は簡単に、この「知ると解るの違い」についてご説明を致します。
まず、現代人の多くは「知る」=「解る」と勘違いしています。
見聞きしたものや事柄を精査し、それらを自身が得た「知識」として当たり前の様に受け入れます。
「知識」を詰め込み、それらの情報を処理する事が「解る」だと思いがちなのです。
その結果、過ちを過ちだと「解らずに」、本当に正しい進化が出来ないのです。
「知る」→「感じる」→「解る」が正しい順序です。
「知る」とは、文字通り「知識を得る」ことです。
「解る」とは「身体で感じる情報を正しく処理することです。」
「知る」は「感情」と連動し時には過ちを生みます。
しかし「解る」は「感覚」と連動しています。
身体の反応なのです。
鈍い身体は、繊細な情報を得ることは出来ません。
「知識」と「鈍い感覚」からの情報だけを精査することになりますので、真実には辿り着け無いのです。
基準は「清さ」です。
清い心身であればある程、正しい体感から質の高い「解」を導き出す事が出来るのです。
全身の感覚を研ぎ澄まし、圧倒的な集中力で空間の情報を全身で感じ、得た情報を処理するのです。
清まれば清まるほど、この「解る」の「質」がより向上するのです。
そして、この「質」の向上が、更に正しく空間を感じる心身をより強固な状態にし、清まる速度を加速させるのです。
全身で物事を正しく感じることの出来る心身の創造をする努力と、それを育む継続した訓練が大切です。
上記が「生きること」の基本であり、真実の方向へ進化することの出来る方法なのです。
「正しい進化の方向とは?」と、自身に問い全身で今存在する空間を感じると、上記の「解」が「体感」から導き出せるのです。
ご理解頂ければ幸いです。