番外編 私のことについて

神社仏閣巡り

そして、神さまの声をお聞きする様になった頃から、別の現象が次々と起こりました。

まず、人の肉体に黒い影が見え始めました。
何かと思い、例えば左の腰に影が見えると「左の腰に何かありますか?」とお聞きすると「左の腰が痛くてね。」とおっしゃるのです。

どうやら問題のある場所が、黒く見えるのだなと言う事がわかりました。
そして、その部分に手を当てると確実に改善されるのです。
手を当て「この方が元気になりますように。」とお願いするだけなのですが、何故か元気になられるのです。

そして、いつも「人のお役に立つ事をしたい。」と思っていましたので、調子の悪い方を見させて頂いていた時もありました。

ただ、ある種の方の体に触れると、私の体が異変を起こし、凄くしんどくなるのです。
その日だけでは無く、次の日もぐったりしてしまうのです。

当時は私も学習段階であり、自分で見えているもの、聞いているもの、感じているものに対して、真実であるのか?思い込みではないのか?自分で想像しているだけなのではないのか?など、自分に対する疑いの思いも強く、見えてしまうが故に、逆にそういう疑いを持っていた時期でもありました。

少しでも苦しんでいる方に対して,元気になって頂きたいという思いが強かったのですが、「これはもうもたない。」と思い、辞めることにしました。

今になって思うと、その方達は色々な霊にとり憑かれていたのでしょう。
私はとにかく肉体が敏感なので、その影響を極端に受けてしまっていたのです。

今は、肉体に関しては、影が見えると言うより(影を見ようと思えば見えてしまうのですが)その人の気の流の悪い所や、問題のある場所が「あっここが変だな。」という感じでわかりますが、直接体に触れる事は殆どしておりません。
肉体に触れずに、元気になる方法を研究している所です。

そして、次に29歳のある日の夜中、私の肉体にある事件が起こりました。

夜寝ていました。
バンバン、バンバンという音で目が覚めました。

何だと思い目が覚めると、私の肉体が揺れていました。
しかし、また凄い眠気に襲われ寝てしまいました。

そして、どのくらい時間が経ったのかはわかりませんが、またバンバン、ガサ、バンバン、ガサと音が激しくなっていて、びっくりして今度は起き上がろうとしました。

そうすると、私の右腕が私の意志を無視し、勝手に動いていて、私の寝ていた横の襖をバンバンと叩いていたのです。

私は慌てて左手でその動いていた右腕を掴み、その動きを止めましたが、又離すと動き出すのです。

一晩中、その右手と戦い続けながら「何が起こっているのだろうか?」と考えました。
しかし、さっぱりわからずに朝になりました。

普通は自分の肉体にこの様な事が起こったら、まずは病院に行って相談するのかも知れません。
しかし、以前に私が、その時には確信がなかったものの、神さまやその他の存在が見え、声が聞こえて来た時に、外的な事が原因ではなく、自分の頭がおかしくなったのかもしれないと、自分に対しても厳しく疑い深い私は、精神科の門を叩いた事もありました。
その時の病院の対応は、前例の無いものは全て自律神経失調症という枠に入れてしまわれる感じであるとか、
「考えすぎじゃないですか?」と言われ、親身になって下さる様子も無く、この手の事では病院を頼っても解決の道が無いことを知っておりました。

しかし、両親には心配を掛けたくないという思いが強く、言う事が出来ず、兄に聞くしかないと思ったのです。

結局、朝まで眠れなかった私は、兄が起きるのを待ち、兄に昨夜の出来事を話しました。
兄は顔色一つ変えずに、
「ペン持ってみたら?何か字を書くんちゃう?」と言いました。
「ペン?」と私。
「ペン。」と兄。
私は早速ペンをその右手に持たせてみました。
そして紙の上にペン先を置きました。

そうしますと、動くは動く。
しかも激しく動きました。
子供の落書きの様に、何を書いているのかがさっぱりわかりません。

目に見えない世界で起こる事や、常識の範囲を超える様な出来事に、私は異常に疑いをもっていましたし、どちらかと言うと、私にとってその様な訳のわからない事は喜ばしくない出来事で、迷惑な感じがかなりしていました。
しかし、この頃になると我が身に起こる出来事に、常識は当てはまらないのだと言う事も分かって来ました。

しかし、もうこんなものに付き合ってはいられないと思った私は、この日も普通に生活し、いつもの様に夜を迎え、前日の睡眠不足を解消しようと早く眠る事にしました。

そして、34歳の時に東京に出て来ました。
と言いますのは、私には未来の記憶がありました。
自分の未来が全部わかっているのではありません。
未来の自分の図の破片の様なものが所々にあるのです。

住まいで言うと、凄く高いビルが沢山あって、田舎の暮らしが残っている様な所に住む事がわかっていました。

私の生まれ育った奈良では無いことはわかっていた私は、いつも次の住まいを捜していました。
田舎の様な暮らしを求め、別の地方に移り住んだ事もありましたが、田舎すぎて此処では無いと思ったのです。
色々な県を考えました・・・。
違うのです。

東京という所は、田舎のかけらもない大都会だと思いこんでおりました。

しかし、今の私の住まいは毎朝ニワトリの鳴き声がします。
窓を開けると畑があり、おじさんが畑仕事をしている合間にゴルフの練習をされています。
その光景が凄く田舎っぽいのです。

家の近くには無人野菜売り場が沢山あり、採れたて野菜や生みたての卵などがあり、良く利用させて頂いております。

そうです、東京だったのです。
驚きました。

そして、O氏との出会いも、私の未来の記憶にありました。
ある男性で、お互いの人生にかなり大きな影響を与え合う方と、必ず会う事を知っていました。
東京に出て来た時に、この東京で会うのだと言う事もわかりました。
何時会えるかと楽しみにしていましたが、思ったより時間がかかったようです。

O氏とお会いした2005年5月、私には分かりましたが、O氏が全然、気が付かなかった事に正直ショックでした。

そして、昨年の11月から本格的にO氏との神社仏閣巡りが始まったのです。

その後の事は、文面を見て頂けたらと思います。

O氏の事もまた後程詳しくお伝え致します。

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